人間、「好きな人」のことは大切にするけど、それ以外の人はどうでもいいんですよね



こんにちは!藤村です。

就職して気が楽になるまで、5年間くらいtwitterで自分語りしてました!!!(クソ黒歴史)

twitter、病みツイート呟きすぎ問題


今では月に数ツイートしかしない、基本的に「読む」ものとして使っているtwitterですが、
高校大学時代は毎日数十ツイートとかポストしてました。やばいですね。

どんな内容をつぶやいていたかというと

「生きるの辛い」

「どうしてこんな環境で頑張れるっていうの?」

「未来に絶望しかない」

「誰も助けてくれない。一周回ってどうでもよくなってきた」

「(あとは日常のどうでもいいことを死ぬほどつぶやく)」



こういう…ことです…。
しかもこういった内容をそのままツイートするのではなく、色々な気持ちとともに140字めいっぱい使ってつぶやいていました。やばすぎますね。

(村上春樹の著作の感想を呟いていたはずが、自分語りになる当時の藤村)


もしかしたら読者の皆さんも今そのような状況かもしれませんし、
友人などがそういった状態で、そっとミュートしているかもしれません。

私はどちらの気持ちもわかるので、ちょっと双方の気持ちを書いてみます。
(完全に私の経験から話すので、皆がそうというわけではないですよ!注意!)

病んでる人「た、たすけてくれ!!!やさしくしてくれ!!!」


病んでいる人(まあ広義に「悩んでいる人」でもいいです)は、まず友達が全然いません。

毎日学校に行ったり、習い事へ通ったりすることが無理なので、必然的に友達をつくる機会が激減しますし、
少し仲良くなってもそれ以上に仲良くなるタイミングが全くありません。

そのため、「知り合い」や「ちょっと仲がいい人」ばかりが周りにいる状態となり、
悩みを打ち明けたり、受け止めてもらう相手がいないのです。

勇気を出して打ち明けたとしても、相手はあくまで「知り合い」「ちょっと仲がいい人」でしかないため、
申し訳ない気持ちが先立ちますし、相手も明らかに困ったり、距離を置かれたりします。。。
(後述しますが、これは仕方のないことです。)

結果的にtwitterなど「特定の誰かに語るわけではない」が「誰かには届くという希望が持てる」SNSに、悩みを打ち明けて(ぶちまけて)しまうのです。

悩んでいる人は、誰にも言えないから、みんなに言っているのです。

振り返ると、よく生きてたなと思うくらい追い詰められていました。

周りの人「大して仲良くもないし事情もわからないから首突っ込まんとこ(そっとミュート)」


病んでる人から見たらまわりはみんな元気で、自分が見捨てられているような気持ちになると思いますが、
元気な人も、強烈に困っている人を助けてなお元気でいられるほどのエネルギーはないんですよ。

もちろん有り余るエネルギーを持っている人もごく稀にいるかもしれませんが、基本的にはいないものと思ってください。

話を聞いてもらうだけでいいから、、、みたいな願望はあると思いますが、大変な人の話を上手に聞くのってマジで難しいです。

だって「うんうん」っていう相槌だけにしても、共感されていないと傷つきますよね。
壮絶な思いを抱いている人に共感するということは、その一部であれ、同じような思いを追体験する必要があるのです。

ちょっと厳しいですね。

さらに残念なことに、大抵の人はそこまで考えていません。
なんかめんどいなー、くらいのことしか思っていないか、感情が動いて辛いからミュートしちゃおう、ごめんね…。みたいなことになっている可能性が大です。

意外と人って何も考えてないです。

ACって、「友達のつくりかた」の順序がちょっとおかしい


そもそもなんですけど、こういう私含め生きづらい人たちって、友達のつくりかたの順序が変だからこういう苦しい状態に陥るのかなとも考えています。

友達や仲のいい人とつくる方法ってこんな感じですよね↓

「初めまして」
→挨拶する関係
→世間話をする関係(知り合い)
→なんとなく気があってつるむ関係(仲のいい人)
→共通の話題などで盛り上がる関係(友達)
→個人的な相談などができる関係(親友)


でも過去の私はこうでした↓

「初めまして」
→挨拶する関係
→世間話をする関係(知り合い)
→なんとなく気があってつるむ関係(仲のいい人)

→共通の話題などで盛り上がる関係(友達)
 ↑ここをすっ飛ばす


→いきなり個人的な相談を持ちかける(相談爆撃)
→個人的な相談などができる関係(親友)
 (もしくは離れていったりいじめられたりする)


距離感が変なんですよね。
微妙なニュアンスなんですけど、「軽い相談」をお互いにしあったり、すごく盛り上がる時間とかを共有していない人に
「重い相談」とか「出口のない愚痴」とかをするのはかなりハードルが高い行動なんですよ。

相手もびっくりしちゃいますし、心の距離をいきなり詰められる感じがして怖いんですよね。
たとえば、ちょっと楽しい話をしただけの異性(同性)に、LINEを交換した途端毎日のように連絡が来たら、
その内容に関わらず怖いですし返信が億劫ですよね。

そういったことも全然平気!とか、人の相性によっては問題なくすんなりいく場合もあるのですが、
「基本的な人付き合い」を基準にしてみると、いままでうまくいっていなかったのはそういうことなんじゃないかなあ、と思うのです。

逆にあなた自身も、いきなり距離を詰めて来たり、いきなり重い相談事を滔々と語られて「うっ」と思ったら離れていいんです。

それが健康な距離感です。かわいそうだと思っても、まずは離れてください。
あなたが解決すべき問題ではありませんし、あなたの責任は何一つないです。

「適切な距離感」についてはこちらを参考にしています。もっと詳しく(そしてきちんと)解説されているので、ぜひ読んでみてください。


相手はあなたを「親友」だと思ってくれていますか?


私は当時twitterで鬼のように呟きながら、
「どうして誰も『大丈夫?話聞くよ』って言ってくれないんだろう(泣)」って思っていました。
ふぁぼ(当時の「いいね」)もほぼついていません。

今思えば、誰も何も言わないのは当然のこと。

相談を受け入れてもらえるのは「すでにとても仲がいい人たち」同士でできることだからです。
仲間はずれなのか。。。と思ったそこのあなた。そうです。仲間はずれなのです。

距離感の話もそうですし、そもそも周りの元気な人たちも、
ファーストコンタクトの時点から悩んで立ち上がれなくなっている人と仲良くなれるほど人間できてないですし、余裕もないんです。

逆に、こういった状態で「大丈夫?」と声をかけてくる人は高確率でやばいやつ(モラハラなど)なので、本当に気をつけてください。

泣きっ面に蜂とはよくいったもので、しんどい時ほどリスクを減らしたり、人付き合いを選んでください。

カウンセリングに行きましょう


そこで私はカウンセリングを推奨します。
小さい頃から悩んでいる人は悩みを打ち明ける相手すら構築できていないので、まずは「友達」をつくるところから始めなければなりません。
(もちろん「悩み事を話すための友達」ではありませんよ!相手も人間です。履き違えないよう。)

まるで「服を買いに行くための服がない」みたいな状態ですが、
それを脱するためにはまず無条件に話を聞いてくれる人のところで一切合切話してしまうことが大切です。

もちろん学校にはスクールカウンセラーなどもいると思いますし、
専門家であることには変わりないので、一度尋ねてみるのもありです。

社会人の場合は産業医やメンタルケア専門の窓口などがあります。
正直企業のメンタルケアがいいものなのか分からないのですが。。体験談あればお聞かせください。


長くなってしまいましたが、今回はこの辺で終わりにします。

親をポイポイした後の生活がより幸せになりますように!


藤村

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