私も「放置子」と似たようなことをしていたな、という回想



こんにちは!藤村です。

私はいわゆる「放置子」ではないのですが、似たような行動をとっていたな、と思ったことがありました。

放置子とは

放置子とは、すごく雑にいうと、普段から親にほっとかれて育っている子のことです。

鍵っ子とも違うのですが、鍵っ子の中に放置子もいるかなと思います。
要は親からの関心が極端に低くて、他の大人に関心を求めるようになった子のことかなと理解しています。

こういった子たちは、よく他の子の家に入り浸ろうとしたり、ショッピングモールのプレイルームなどで他の子の親に甘えて離れなくなってしまったりという話を聞きます。

子どもとはいえ、知らない人がくっついてきたり、自分の家から出ていかないと思うとちょっと怖いですよね。
私は怖いです。

(脱線しますが、こういうトラブルは子育てしてれば無限にあると思うので私は絶対子育てできません…。子供であろうと知らない人は苦手。)

藤村7歳、放置子の片鱗を見せる

そんな私も放置子の気配をみせていた時代がありました。
(もちろん実際に放置されていたわけではないんですよ!まあ色々とあったのは間違い無いですが。。)

小学生に上がりたての頃、近所の友人の家で遊ぶようになりました。
友達の家に、親の付き添いなしで遊びに行くようになると「門限」ができますよね。
小学生は大抵、17時。鐘が鳴るタイミングで帰ってこいよという約束です。

当時の私は、その「門限」に全力で対抗しようとしていました。
絶対に帰りたくなかったのです。帰らないでどうしたかったのかは分かりませんが、とにかく帰りたくなかった。

どうしたか。

17時の鐘が鳴る約10秒間、ものすごい声量で騒ぎました。

「鐘が聞こえなかったので帰らないといけないなんて気がつかなかった」と言い訳したかったのです。
うーん、友人の親御さんはさぞ迷惑だったでしょう。

「遊びたい」より「帰りたくない」がめっちゃ強かった

当時、私自身も「おかしなことをやっているな」という自覚がありました。
大声を出すのも騒ぐのもすごく勇気がいることだったし、友達やその親から何か言われるのでは無いかという恐怖もつきまとっていました。

けれど、やめなかったんです。騒ぐのを。

それはやっぱり「帰りたくない」という気持ちがえげつないほど強かったからなのだと思います。
もっとたくさん遊びたいというだけなら、おそらく「勇気」を出したり「恐怖」を抑えたりすることなんてできなかったでしょう。

この時点で私の家族は機能不全だったというわけです。

小さい頃から頑張っていたんだなあ、私。


放置子と呼ばれるほどの家庭ではなくとも、その片鱗をもつ子はいるんだよという話でした。
その頃の私を安心させてあげられるような、今の私でありたいですね。


藤村

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