「カウンセラー依存」ってなんだよ。そんなもんないよ



こんにちは!藤村です。

その昔、煽り癖のある元彼から言われてムカついたことをつらつら書きます。
(人によっては、仲の良い友人や親から言われることもあるかもしれません)

前提:元彼はモラハラマン


私の元彼は、モラハラ気質のある人でした。

自信がなくて、でも恋人には上から物申したいタイプ。社会的立場が弱かったり、病気を患っていることから全力で目を背け、何かと理由をつけては私のことをこき下ろすのが好きな人でした。
本人は今でもその自覚がないと思いますが。。

そんな元彼と付き合っていたころ、初めてカウンセリングの扉を叩きました。
カウンセリングの記事はこちら

何かネガティブなことを言われることは分かっていたので、行く前は黙っていましたが、
絶対に秘密にするつもりもなかったため、ある日ぽろっと報告してみたのです。

「実はカウンセリングに通い始めて…」

その場では、何も言われませんでした。
もしかしたらちょっと嘲笑されたかもしれませんが、あまり大きな反応はなかったと記憶しています。

けれどそれ以降、何かにつけて私の「カウンセリング通い」への「コメント」が出てくるようになりました。

「カウンセラー依存でしょ」


元彼は何かにつけて「藤村は○○したがりだもんね〜(普通はそんなことしないのに、頑なだよね〜アホだね!の意)」と言ってくる人だったのですが、

ある日、あるいみ予想通り「藤村はカウンセリング行きたがりだもんね」と言ってきました。
あとは「お金使いたがり」(←これは何をしても言われた)とも言われました。

ここまではよく言われていたことだったのと、自分の行動力が人並み以上であることに自覚があったため、「まあ言わせておこう」と思っていました。

しかし、それに続けて言われた一言に、気持ちが大きく揺さぶられました。

「それってさあ、カウンセラー依存みたいなものじゃないの?」

分からないことは怖い


当時(というか今も)、私は「依存」というものをかなり強めに恐れていました。

家族にアルコール依存症者がいたことも関係していますが、当時特に自分の心が弱っていることを自覚していたので、
そういった安易な「気持ち良さ」に流されてしまうことを警戒していたのです。

そのため、元彼の「こき下ろし」の一言だったとしても、その言葉は私にかなりのダメージを与えました。
ああ、もしかしたら私は、無自覚に「カウンセラー」に人生の選択を委ねているのかもしれない…。と。

この恐ろしさや罪悪感のようなものは、元彼と別れて数ヶ月経つまで続きました。

なぜなら私は「依存」に関する知識もありませんでしたし、「依存ではない」ことを確かめるすべもなかったからです。

でも今は、それがとても馬鹿馬鹿しいことだということがわかっています。

依存ではない理由:カウンセラーは指示をしない


これが一番大きいです。

時々、芸能人が詐欺師に洗脳されお金をだまし取られたり、人生そのものを奪われるといったようなニュースが流れてきます。
依存というのはああった、相手の指示によって「搾取」される状態のことなのだと考えています。

アルコール依存症の場合は特定の人に搾取されている状態ではないので例外ですが、
人間関係の絡む「依存」は、どちらかが「搾取」され、もう一方が利益を得ているという形として現れます。
共依存も、無自覚ではありますが、依存症者に時間やお金や気持ちを「搾取」されている状態ですよね。

その点、カウンセラーは「決まった時間だけ」「決まった報酬で」繋がっている関係なので、それ以上の搾取もありませんし、相手も踏み込んできません。
それに「ああしろ」「こうしろ」と指示もしません。
どうしたらいいですか?!と聞いたとしても、「どうしたいの?」という質問されるという方向にもっていかれるので、逆にどう頑張っても指示してもらえません。

もちろん、カウンセリングに通う人は「困っている人」なので、カウンセリングを行う中で人生を変化させていくことが往々にしてあります。

私の場合は、元彼と別れたのが一番の「変化」でした。

ですが、私はカウンセラーに「別れなさい」と言われて別れたわけではありません。
ただ、「どうしてそんな状態で付き合っているの?」「好きなところはどこなの?」といった質問はしてきます。

それを「誘導」と取られてしまえばもう反論のしようがありませんが、
上記のような「質問」を超えて、カウンセラーが何かを指示するようなことはありません。

(ここでいうカウンセラーとは「臨床心理士」のことです。たとえばコンサルタントのような職業の方が行うカウンセリング・コーチングは内容が全く異なるかと思いますので、ご了承ください。)

依存ではない理由:自分のペースで通える


依存症のチェックでよく耳にするのが
「やめたいのにやめられない」
「お金がないのに借りてまでやってしまう」
などの行為です。

カウンセリングはある程度、カウンセラーから推奨される頻度がありますが(私の場合は「可能であれば毎週来てくれませんか」と打診された)、
それを断って、好きなように通院することができます。

もしかしたら、カウンセリングルームによってはそこまで融通が利かない可能性もありますが、
カウンセリングは高額ですし(一回5000円以上するところがほとんど)、金銭的な面でコンスタントな通院が難しくなる可能性だって十分に考慮されているはずです。

金銭面以外にも、(私はありませんでしたが)カウンセラーとの信頼関係構築の段階で気持ちがひっかかり、
「少し考える時間が欲しい」と感じる人も結構いるという話を聞きます。

そのため、クライアントが定期的な通院を選ばない場合も多々あるのです。

逆に「必ず○ヶ月間は毎週来てください」だとか、「しんどくても来院しないと治りませんよ!」と脅して来たりだとか、
そういった行為をするカウンセリングルームやカウンセラーはやばいと言えます。

私の場合は一切そのようなことはなく、半年ぶりに予約をとったり、一時期は毎週通ったり、好きなようにやらせてもらっています。

この点においても依存という言葉とはかけ離れているのではないでしょうか。

依存ではない理由:カウンセリングの効果が出ている


この指標は、時間が経ってからでないとわかりませんが、一番大切なことです。
依存でないとしても何も変わらないのであればお金の無駄なので、思い切って辞めるのもアリだと思います。

私の場合、カウンセリングの初回面談から5年ほど経ちましたが、今でもしんどいことは起きるものの、ものの考え方や人間関係(特に恋愛)は劇的に変化しています。

昔の私は、しんどいことが多すぎて逆に「みんなが逃げ出すこの環境で生きたら稀有な人間になれるのでは?」とか謎なことを考えて地獄に肩まで浸かる生活を送っていましたし、
元彼に対しても「みんなが見つけていないいい男を掘り当てた!ダメなところは追い追い私が愛を込めて教育すればいいだけ!」とかふざけたことを考えていました。

マジで当時の私は狂っていました。

今では、嫌いな空間にはできるだけ近寄りませんし、友達でもツイート読むのが辛かったらミュートしますし、変な男には笑顔を見せないようにしています。

(逆に「拒否」とか「線引き」の意識が高まりすぎてしんどいことが増えたので、そこが次にバランスを取るべき課題なのですが、それはまた別の記事でお話しします。)

おそらくあのままカウンセリングに通っていなかったら、今頃すでに社会復帰できないくらい色々と困難を抱えて詰んでいたと思います。。

まあ今ちょっと休職なんかもしてしまっているのであまり説得力がないのですが、
この休職も自分の中では起きるべくして起きたことであり、行き当たりばったりな過去の自分とはもう全然別の人生を歩んでいるな、という感じがします。

周りにあれこれ言われている人へ。安心して通ってください


今回の記事はこれに尽きます。

私の元彼の場合はマウンティングの一種として依存だ依存だと言ってきましたが、中には心配?のような感情から言ってくる、ありがた迷惑な人もいると思います。

心配しなくていいです。通ってください。

もし心配なら、その人も連れて行くといいかもしれません。
(心配な人にとっては、カウンセリングって「宗教」みたいなものだと思っている人もいるので、多分ついてきてくれないと思いますけど。。)
カウンセラーにこの心配事自体をぶつけてみるのもいいですね。

また、もし上記のことが守られていない(お金カツカツなのに通わなきゃ、と思っていたり、カウンセラーにあれこれ指示されてしまっていたりする)場合は、危険なので中断することを検討してみてください。

カウンセラー依存なんてありません。あるのは外野の好き勝手な言葉だけです。
みなさんもカウンセリングで心が穏やかになりますように。


藤村

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